「2030年の労働市場と人材サービス産業の役割」人材サービス産業シンポジウムレポート

2019年9月24日、一般社団法人人材サービス産業協議会(JHR)は「2030年の労働市場と人材サービス産業の役割」をテーマにしたシンポジウムを東京で開催しました。
少子高齢化の加速と景気の持ち直しが重なり、2018年はバブル期以上の有効求人倍率と欠員数を記録しました。また、「働き方改革」も社会を動かす大きな潮流となっています。このような状況の中、大きな変化が予想される2030年の労働市場に対して、人材サービス産業が取り組むべきテーマはなにかについて、講演、パネルディスカッションを行いました。

基調講演

「AIと2030年の労働市場の姿について」

株式会社エクサウィザーズ 代表取締役 石山 洸氏

社会的受容性高まるAI。活用分野は介護領域へも

基調講演は、株式会社エクサウィザーズ 代表取締役社長 石山 洸氏に登壇いただきました。「AIと2030年の労働市場の姿について」と題して、現状のAIの活用事例をご紹介いただくとともに、人材サービス産業におけるAIの活用可能性について幅広くご提示いただきました。
認知症介護の事例紹介では、介護者の指導・教育にAIが活用されていました。AIによって認知症の介護に優れた方とそうでない方の行動を比較解析した結果、「患者と目を合わせる頻度と時間」「患者との距離」が大きく関係していることを発見。介護担当者の目の動きを記録し、AIによる画像解析を通じて熟練者との違いを明確化、指導に活かしているとのことでした。結果として介護の品質を高め、認知症患者の病状の進行を緩やかにすることに成功しているそうです。介護者の負担軽減にもつながり、介護現場の人材確保、ひいては社会保障費の軽減にも貢献できそうだと考えられているそうです。
「AIによって雇用が奪われる」という従来のAIのイメージが表すのは「人が行ってきた仕事をAIが行うことによって生産性を上げる=代替的な生産性向上」の側面でした。しかし、「AIを利用することで人の仕事の質を高める、生産性を上げる=補完的生産性向上」といった側面もあります。このようなことが理解され始め、AIに対する社会的受容性は高まりつつあるとのこと。
人材サービス領域でのAI活用も、いわゆるHR Tech領域だけでなくもっと幅広い可能性があるだろう、とのこと。高齢者や認知症患者に対する就労支援など、多様な働き方の実現にもAIが有望であること、欧米の研究者も日本が直面する超高齢化に強い関心を持っており、R&Dを進めていこうとしていることなど、AIに対する期待が膨らむ講演でした。

2030年の労働市場と人材サービス産業の役割の解説

一般社団法人人材サービス産業協議会 理事 鈴木 孝二氏

続いてJHR理事の鈴木孝二より「2030年の労働市場と人材サービス産業の役割」について、その概要、人材サービス産業が取り組むべきテーマなどを紹介しました。

下記よりダウンロードいただけます。

2030年の労働市場と人材サービス産業の役割

働き方改革最前線

『現在の人材サービス産業の市場規模は9兆9,704億円、年間542万人の就職に寄与しています。しかし、少子高齢化の影響を受け2030年には1,180万人の人口減少が予測されており、労働市場は縮小しながら高齢化することになります。需給ギャップは世界的に見ても顕著です。実質GDPの成長率は191ヶ国中166位と大変低くなっており、人口減少が労働市場に与える影響は予想以上に大きいということがうかがえる結果となっています。
2018年の欠員数、すなわち未充足の求人数は136万人に上り、バブル期並みの水準となりましたが、2030年には4.7倍の644万人に拡大すると予想されています。人材サービス産業はその軽減に向け若年層や女性、高齢者の就業支援、外国人材受け入れなどの取り組みを進めてきました。人手不足の局面では拡大、充足すれば縮小と景気の波に左右されがちな人材サービス産業でしたが、構造的な人手不足の中、常にその機能が必要とされる時代がやってくるのです。
個人や企業、転職市場も変化を余儀なくされます。個人では「キャリアのマルチサイクル化」が起きるでしょう。ビジネス環境の変化、競争の激化によって企業寿命は短くなる一方で、人間の寿命は伸び、働く期間もさらに伸びていくと考えられます。つまりは、生涯のうちに何度もキャリアを変える必要があるということです。しかし、そんな状況に対して準備ができているのはほんの一部の個人、多くの人は今後のキャリアの見通しが立っていないのが実態です。
一方で、若年労働者の減少、65歳以上の高齢者の増加はより進展し、個人の働く上でのニーズや制約の多様化と相まって、時間や勤務地、職種を問わないという「無限定」の働き方は減少していくと考えられます。
企業の人手不足に対して、また競争力強化・生産性向上の目標に対して、テクノロジーの活用が不可欠です。多様な人材の活用、多様な働き方の需要、そして労働力の補完・代替となるAIをはじめとしたテクノロジー活用が、今後の企業活動を支えることになるでしょう。
「人でなければできないこと」「人でなくてもいいこと」を切り分けて労働力分配を「デザイン」していくことが今後人材サービス産業に求められるようになると思われます。

人材サービス産業は個人、企業、そして社会の期待に応えなければならない

『労働市場はより多様化・複雑化していくでしょう。人材サービス産業に携わる私たちは、求職者・求人企業双方に対して新たな可能性を根拠を持って提案することが求められます。業務の切り出し、時間の切り出し、またAIでの代替など、あらゆる手段を総合的に提案するということです。企業に対してはその受け皿を作ってもらうよう働きかけが必要です。求職者に対しては、マルチキャリア化をにらんだキャリア形成支援に取り組んでいかなければなりません。

JHRが取り組むテーマを以下の4つにまとめました。

(1) マルチサイクル化に対応した個人のキャリア形成支援
(2) 多様な個人のニーズに対応したマッチングの高度化
(3) 多様化する転職市場の見える化
(4) 新たな(成長)市場の研究

社会構造の変化に伴い、労働市場も変化していきます。その流れを捉え、個人のキャリア形成のサポーターとして、また、企業の人材活用を支えるパートナーとして、人材サービス産業が社会的役割を積極的に果たすべき時代が来ました。今後の事業戦略やサービス検討の一助となれば幸いです』(鈴木氏)。

 

パネルディスカッション

多様な働き方の普及に向けた人材サービス産業の役割とは

モデレーター
学習院大学 名誉教授 今野 浩一郎氏 (以下 今野氏)

パネリスト
株式会社エクサウィザーズ 代表取締役社長 石山 洸氏(以下 石山氏)
一般社団法人人材サービス産業協議会 理事 鈴木 孝二氏(以下 鈴木氏)
(エン・ジャパン株式会社 代表取締役社長 鈴木氏)

AIとは?今どんなことができるようになっているのでしょうか?

今野氏:まずAIについて詳しくお聞きしたいのですが、現在広く普及しているIT技術との違いは何でしょうか。AIとは?今どんなことができるようになっているのでしょうか?

石山氏:境目はなくなってきました。従来のIT、いわゆるソフトウエアに「データ」という付加価値が加わったのがAIだと言えます。教育システムを例にとると、AIを用いて現在働いている人たちのデータを解析し、ベテランの仕事の優れた点を発見します。そのデータを学習し、初心者に「もっとこうしたらいい」と教えることが可能になります。従来のITサービスが一歩踏み込んで価値提供できるようになったのがAIだと考えていただけるといいでしょう。

今野氏:認知症介護の現場でAIを用いた教育システムが効果を発揮している、という事例をご紹介いただきました。従来の教育現場ではできなかったものがAIを導入したらできるようになった、という理由は何でしょう。

石山氏AIの構成要素に「センサー」と「アクチュエーター」の2つがあります。
センサーは介護者が患者と目線をどう合わせるかということを測るもの。その行動を解析し、一回当たり何秒、相手との距離は何センチといったデータにします。ベテラン介護者の頭の中のノウハウをデータとして可視化することができます。もう一つのアクチュエーターは、実際の行動に対して「赤ペン」を入れて見せてくれるというもの。介護の動画をAIに送ると、その動画とベテランの行動を比較し、「ここをこうするべき」と教えてくれます。

教育システム以外にもパターンはあります。直接ロボットにベテランの行動を学習させ、ロボット自体がアクチュエーターとして作業をすることもできます。しかし、介護領域には適応しにくいため、現在は教育の自動化・効率化を図っています。

今野氏OJTで言うところの「背中を見て」というのがセンサーで、指導者がアクチュエーター、と考えればいいでしょうか。AIは教え上手なカリスマ、というところですね。
さて、介護へのAI導入は介護する側、される側、雇用者にとってもプラスだということをお話しいただきましたが、導入はそれほど進んでいないように感じます。なぜでしょうか。

石山氏:二つのポイントがあります。一つは「本当にそうなのか」という疑問や不安。多くの分野で実証実験が行われているのはそれを払しょくするためです。もう一つは変化することへの抵抗です。変化することで効果が期待できるとわかっていても、超短期的にみるとコスト増になることが障壁になっています。いわゆる「社会的受容性」という問題です。「変化」を先に受け入れた人にはビジネス的なチャンス、先行者メリットがあるはずです。

今野氏:認知症の方への就労支援にも可能性があるというお話でしたが、具体的な事例があればご紹介ください。

石山氏:個人宅に赴いての洗車の仕事が挙げられます。体を動かすので、認知症の重症化予防に効果があります。洗車を依頼されたお宅に伺うまでの道がわからなくなる、というリスクがあるため、スマホとAIでナビゲーションするというケースです。

転職市場の見える化とは具体的にはどんなことでしょうか?

今野氏:次に鈴木さんに質問ですが、今後の労働市場はどう変わるか、マッチングを行うにはどのような課題があるか、というお話でした。供給側=求職者が変わる話が多かったかと思います。「人口減少によって労働力が減少する」「高齢者や女性増加。制約を持った就業者が増える」「外国人、フリーランス、副業・兼業などの新規就労者の登場」「マルチキャリア化(生涯に複数のキャリアを積むこと)の必要性」が該当します。需要側=求人企業の変化としては、仕事の内容が変わっていくだろうとのことでした。
取り組むべきテーマの一つに「多様化する転職市場の見える化」がありましたが、具体的にはどんなことでしょうか。

鈴木氏:日本での転職はまだ不透明な部分があります。場合によってはスキルを活かした転職でも報酬が下がることがあります。欧米では報酬を上げるために転職するのが一般的。企業にどんな価値を提供できればこれだけの報酬を得られる、ということが明確だからです。「job description(ジョブ・ディスクリプション)」といい、労働者の職務を明確化することによって「ミッション・仕事そのもの」と「報酬」とを紐づけています。相場が形成されることで転職者は明確な目標を持ってキャリアを積むことができ、採用する企業は提供価値に見合った報酬を守る義務が生まれます。そういう意味で「見える化」としています。

AI活用を進めるために労働市場はどうあるべきでしょうか?

今野氏AIが貢献するには労働市場はこう変わるべき、といった話があれば、石山さんお願いします。

石山氏:働き方が変わると社会が変わります。また、AI自体が人間を科学するもの。人材サービス産業は研究対象としても大変興味深い分野です。
先ほど鈴木さんがおっしゃった「ジョブ・ディスクリプション」は重要な観点です。雇用がジョブ・ディスクリプションの考え方、いわゆる「ジョブ型」であればAIが活用しやすくなります。労働力の流動性が上がり、AIの活用範囲も広がります。仕事が明確なので同じ仕事ができるならAさんでもBさんでもいいということです。そうなればAIでも代替可能だということになり、ノウハウも明確化されていきます。
そうはいってもジョブは固定的なものというわけではないでしょう。極端な例になりますが、おもてなしからファストフードへの転換は短期的には効果が上がります。しかしもっと優れたサービス提供のしかたがあるかもしれない。一度AIを導入したとしても改革・革新は必要です。スタンダードを上書きしていくようなダイナミクスをAI活用の中に組み込んでいくというのは大事なことだと思います。

今野氏:「ジョブ型」と聞くと特定のジョブだけしていればいい、という印象を受けますが、ジョブにも働く人にもイノベーションが必要だということですね。

今後の労働市場に対してどう関わっていけばいいのでしょうか?

今野氏:転職マーケットは縮小傾向にあると思われますが、今後どんな展開が考えられるのでしょうか?

鈴木氏:我々人材サービスの介在価値の重要度が増していくと考えています。転職者の人生にも、企業にとってもいい状況を作ろうとすると、言われたことをそのまま受け取って求人広告を出稿する、マッチする人を探すでは不十分。受けとめたうえでかみ砕いて、自分たちなりの提案をしていくことが重要だと思っています。
働き方の多様化に対して企業側はどう変わってきたか、という好事例を集め、「働き方改革最前線」という冊子を公開しています。その中で紹介している介護業界大手ツクイ様を例に説明します。
過去の募集のほとんどが有資格者募集。介護業界の例にもれず慢性的な人手不足に悩まされていましたが、「本当に資格がいるのか」と大前提に立ち戻って業務を見直したところ、資格がなくてもいい仕事が想像以上に多かった。「生活サポーター」という新職種を設定し資格不要で募集したところ、介護に興味を持つ未経験者の応募が140名を越えました。こういった事例が人材サービスの介在価値になっていくと考えています。

今野氏:企業に対しては求人内容の仕立てにも関わっていきましょう、個人に対してはキャリアカウンセリングを通じて将来設計をしてもらいましょうということですね。これまではできていなかったということでしょうか?

鈴木氏:もっと可能性があるということです。これまでは求人企業に近い立場で物事を考えがちでしたが、求職者の視点に立って集まってもらう・選んでもらう仕組みを作っていかないと企業に対しても貢献出来ない状況になっていますね。

今野氏:石山さんの立場からは労働市場に対してどんな貢献ができると思われますか?

石山氏:取り組むテーマが4つありますが、それぞれに対して可能性があります。
「キャリアのマルチサイクル化」はさまざまな受け止め方があると思います。自分の経験を100として、変更範囲が20なら許容できる、50でも問題ない、と個人差があるでしょう。個人の職業経験を分析しつつ、可能性を検討して仕事をピックアップするといったことは可能だと思われます。
「マッチング」はAIの得意分野です。マッチングエンジンなどはすでに稼働しています。高度化、細分化されればされるほどAIが活きる範囲が拡大するでしょう。
「転職市場の見える化」「新たな(成長)市場の研究」について。個人単位ではマッチングが難しくても、AIを組み合わせることで可能になるというケースが生まれています。水面下ですが実際に進めている案件もありますね。大きく貢献できる部分ではないでしょうか。

今野氏:ありがとうございました。最後にこれだけは言っておきたい、ということをぜひ。

鈴木氏:「選ぶ立場」が求職者側に移ってきました。だからと言って求職者におもねるということではありません。この仕事でよかった、この会社に入って良かったという結果を出すためには求職者側にもしっかり提案していくことが必要。本質的なサービス向上を目指すには双方への働きかけ、提案が重要だと考えます。

石山氏:社会課題を人工知能で解決しようと活動してきましたが、AIにできるのは限られた範囲。やはり最後は人がやるものなんですね。超高齢社会を乗り越えられるかどうかは人材サービス産業に携わる皆さんにかかっていると思います。

今野氏:ありがとうございました。