[レポート]多様な働き方の実現に向けた、マッチングのあり方に関するシンポジウム

人材サービス業界で働く約260名が参加

2018年7月18日、一般社団法人人材サービス産業協議会(JHR)は「多様な働き方の実現に向けた、マッチングのあり方に関するシンポジウム」を開催しました。急速な少子高齢化や多様な働き方が進み、労働市場の需給構造が大きく変化するなか、マッチング機能を高めるために人材サービスが取り組むべきことは何か。JHRが人材サービス業界向けに取りまとめた「雇用条件を軸としたマッチング機能の普及に向けた提言」をベースに基調講演・提言の紹介・パネルディスカッションを行いました。

基調講演
「多様化の時代 -これからの企業と個人と人材サービス-」
東京大学社会科学研究所 教授 玄田 有史氏

希望する仕事が見つからない…マッチングがより複雑化する時代

「求人と求職のマッチングにおいて、ミスマッチといえば、年齢によるミスマッチやスキルのミスマッチがイメージしやすいですが、今これらはメインではありません。
一番多いのは『希望する仕事が見つからない』というものです。しかもこれは求職者に限ったことではなく、求人者も同様です。双方ともその『希望』自体があいまいだということでしょう」と玄田氏。

企業を取り巻く環境が目まぐるしく変化し、終身雇用で会社に任せておけば一定の安心が手に入った時代は終わりを告げた今、「雇用は契約である」という認識をより高めて行くべきだ、とのこと。「契約という言葉は緊張感を伴います。しかし、今後は企業が一方的に何かを決めるというスタイルでなく、企業と求職者、お互いに決めごとをしていくという時代になるのではないでしょうか。『約』の文字の重要性が増す、ということです」。

ダイバーシティマネジメント。人材の多様性が変化に強い企業を作る

「人材の均一性は思いがけない変化に対処できない組織を作ります。さまざまな立場の人がいるからこそ変化に柔軟に対応できるのです。多様性と似て非なる言葉に『バラバラ』があります。その違いは『プリンシプル』の有無だそうです。プリンシプルとは、規律、約束事、というような意味。何があってもこれだけは大事にしていこうね、という共通の約束事のようなものです」。
雇用契約は個人と企業の間の約束事ですが、その会社が大事にしているものが共有されている状態が大切だとのこと。「希望のミスマッチ」を解消するために必要なのはこれではないかと指摘します。

「AIの発展によって仕事がなくなるなどと言われていますが、大切なのは『意味』と『意図』の違いだと考えます。AIは『意味』に強いのですが、一つの言葉にもいくつかの意味があります。意図が伝わらなければ、意味が理解されない、という事態が起きます。想いや背景といったストーリーの共有があって初めて意図が伝わり、意味がわかるもの。雇用契約にもこの『意図』が重要。人間同士のかかわりの中でお互いの意図がわかって初めていい職場コミュニケーション、いい人間関係ができるのだと思います」。

「働くことが怖い」という若者たち

学生から受ける相談で多いのは『働くことが怖い』という悩み。長時間労働や劣悪な労働環境、ブラック企業。トラブルにあわないようにするのはどうすればいいのか、と相談されます。働くことが避けたいものになってしまっているのは、こうした環境を作ってきた大人の責任だと感じているそうです。
「『苦しいだけ、楽しいだけの仕事』は長続きしない、一番いいのは『苦楽しい仕事』だ、と遠藤周作が言っています。苦しいけどある時すごく楽しい。いろいろ大変だけど続けたくなる。そんな仕事を作るのが私たち大人の責任なんだろうな、と考えます」。

現在、正社員以外で働く人の割合は3割を超え、実に多様な人々が多様な働き方をしています。働くことの実態を働く誇りにつなげていくためには、雇用契約期間や仕事内容など、労働条件について求職者と求人者がお互いに合意してやっていくことが必要だと玄田氏は言います。
「企業と働く人、双方の希望をうまく擦り合わせて、希望の仕事が見つからないというミスマッチが少しでもなくなるような社会を作るというのが人材サービスの役割ではないか。苦しいこともあるけれど、楽しいこともたくさんある。働くことは決して怖いものではない、そんな社会を作るための第一歩を、今回の提言書は目指されていると考えています」

「雇用条件を軸としたマッチング機能の普及に向けた
提言」のご紹介
一般社団法人 人材サービス産業協議会 理事 鈴木 孝二氏

2018年3月にJHRが取りまとめた「雇用条件を軸としたマッチング機能の普及に向けた提言」について、提言の背景からその詳細、普及に向けての取り組み方などが紹介されました。

鈴木氏 講演資料(PDFダウンロード)

雇用条件を軸としたマッチング機能の普及に向けた提言(PDFダウンロード)

働くことの多様化が進み、現在の労働市場は「正規・非正規」という二元的な言葉では表現しきれない状況になってきました。例えば「正社員」と言っても、職種変更や全国転勤がある正社員もあれば、職種限定や地域限定の正社員もあります。このように多様な働き方に対応し、マッチング機能を高めていくにはどうしたらいいか。私たちがたどり着いた一つの結論は、「雇用条件で区分する」というものです。

雇用契約期間と就労範囲を軸に、4象限に区分けをしました。雇用契約期間は「有期」か「無期」か、就労範囲は「限定」か「無限定」か、さらに限定の範囲を職種、勤務地、勤務時間の3つとしました。求人がどこに当てはまるかを整理していけば、求職者と求人者の間の誤解や認識の違いが発生しにくく、トラブル・ミスマッチにつながりにくいのではないかと仮定しました。 厚生労働省の「多様な形態による正社員に関する研究会報告書」によると、多様な正社員雇用区分を持つ企業はすでに半分以上。働く人では3分の1が就労範囲を限定した正社員として働いています。人材不足の中で人の確保や定着には創意工夫が必要だと気づき、既に導入している、という企業が想像以上にたくさんあったということです。
また、JHRが実施した「雇用区分呼称調査2017」では働く人の3割は雇用契約を明確に結んでいない実態が明らかになりました。さらに雇用契約期間の認識について、正社員は定めなし、契約社員は定めありと認識しているものの、パート・アルバイトの半数が自身の雇用契約期間に定めがない、と答えており認識が非常に曖昧であるということも分かりました。トラブルが起きないようにようしていくためにも、企業に雇用契約をしっかり結んでいただくということも必要です。
求人メディア、人材紹介、派遣、アウトソーシングなど各業界の事情を踏まえながらではありますが、この方向性で私たちは新しい取り組みを進めていきたいと考えています。例えば求人メディアでは「特集」として設置する、人材紹介・求人メディアでは求人情報や求人票をこのような切り口で検索できるようにする、また記載内容のひとつとするなど、取り入れやすいところから導入していただきたい。正社員で働きたいという人の中にも、何らかの就労範囲を限定して働きたいと考えている人が多いこともわかっています。求人企業に対し、多様な働き方を可能にする求人は人が集まりやすいですよ、と促していくことも、労働市場の活性化のためには必要なことだと考えています。

パネルディスカッション
「多様な働き方の普及に向けた人材サービスとは 」

モデレーター
学習院大学 名誉教授 今野 浩一郎氏 (以下 今野氏)
パネリスト
  • 東京大学社会科学研究所 教授 玄田 有史氏(以下 玄田氏)
  • 株式会社パーソル総合研究所 取締役副社長 櫻井 功氏(以下 櫻井氏)
  • 一般社団法人人材サービス産業協議会 理事 鈴木 孝二氏
    (エン・ジャパン株式会社 代表取締役社長 以下 鈴木氏)

今野氏 : 求人者・求職者の間のミスマッチは希望のミスマッチ。あいまいな契約でやっている以上、当然起こりうることです。その希望を明確化し、それを前提に契約の明確化をする、玄田先生の言葉を借りれば、契約を通して「意図」の共有化をすることが重要だということでしたね。従来、「正社員」という言葉自体が意図の共有化の表現だったと考えられます。「正社員」という言葉がその機能を果たさなくなっているため、ミスマッチが生じているということでしょう。人材サービスはここをどう解決するか、今回の提言が解決の糸口となるのだろうか、というのが今回の問題設定です。

求職者は本当に多様な働き方を求めているのでしょうか?

鈴木氏 : 求人メディアでは多様な働き方を提示すると応募効果が上がるな、という印象がありましたが、実際に調べてみると予想以上に進んでいると実感しています。今後のキーワードは「介護」。介護しながら働く人だけでなく、高齢ゆえにセーブしながら働く人も増えてくるでしょう。求職者目線に立たないと人を雇えなくなっています。供給構造が大きく変わっている、ということです。
櫻井氏 : 私が企業の人事だった時代の話です。エリア社員・ゾーン社員という限定社員とナショナル社員という無限定社員の区別があるのですが、新卒採用でもエリア・ゾーンを希望する人が20%くらい出るのです。ナショナル社員が98%という構造でしたから想定以上の比率です。既存の社員も異動の辞令を拒否し始めたのですね。この5年10年で顕著になってきたな、と感じています。

求職者の多様なニーズに対応した求人は大きな効果が出そうですが、実際にはどうなのでしょうか?

鈴木氏 : 弊社の求人メディアで特集を設置した際の応募効果では、大きな成果が出ています。例えば「正社員&残業ほとんどなしの仕事特集」では特集全体の平均応募数の1.4倍~2倍の応募効果、「フレックス・時短勤務の会社特集」では同じく1.4倍の応募効果などです。多くの場合、実際に企業が残業なしとアピールしているわけではありません。実態を聞きつつ、提案によって特集にマッチした募集条件を作るという働きかけをしています。
同じ手法は個別企業の採用成功も生んでいます。飲食業で土日休み、実働6~8時間の準社員制度(無期・勤務時間限定)を作ったところ、主婦を中心に応募が激増、153名の応募者から30名以上の採用につながった、という事例です。他にも女性ドライバー採用に成功した例、地域限定営業職の制度を作り応募・採用数を大きく伸ばした例もあります。

玄田氏 : 求人者自身が気づいていない強みを見出す、場合によっては創造する、ということですね。

櫻井氏 : 人事は全員に平等であることを優先したがるため、特定の誰かを想定した制度を作りたがらない傾向があります。制度を変える面倒さ、従業員に説明する大変さというのが大きいでしょう。鈴木氏の言うように、人材サービスに携わる人たちが採用環境を分析し、制度面の変更も含めてアプローチを具体的に提案してあげるのは有効な手段ですね。

人材サービス業界にどのようなことを求めますか?

櫻井氏 : 企業は選ぶ採用から選ばれる採用に切り替えるべき時です。働き方改革に対して、経営者と人事の間には大きな温度差があります。経営者は経営戦力と捉え、人材確保・定着によって競争に勝っていくことを考えますが、人事はコンプライアンスの問題と捉え、ガバナンスや労働法制の対策に向かってしまうのです。優秀な人はどんどん減っていくので、採用条件を多様化して少しでも多くの応募者を集める工夫をするところがいろいろな意味で効果を上げていくでしょう。人材サービスはそこに着目して切替えを促すとともに、多様な働き方に対して個別にキメ細かく対応できるよう雇い方を変えていく必要があると考えます。

玄田氏 : AIが大きなインパクトを与える領域だと思いますね。一定の条件を入力すれば「あなたにピッタリの職場・仕事はこれです」と提示してくれるようになるでしょう。しかしAIにはいわゆる美意識、恐怖感がない。ここは人間による微妙な手間暇の掛け方、すり合わせで気持ちのいい「契約」につなげられるはずだと思います。この業界はいい手間暇の掛け方をしているよね、となれば求職者・求人者双方に大きな価値を生むのではないでしょうか。

鈴木氏 : 情報の主体が変化しようとしている今、雇用の需要と供給をつなぐのは大変難しくなっています。求人者だけでなく求職者に対しても新しい働き方を提案していくことが必要になるでしょう。あなたのライフステージを考えると今はこんな働き方ができますよ、というようなことです。求人者には受け入れ方、雇い方などの提案まで必要になってくるでしょうね。特に求職者に対しては、派遣や請負など、直接雇用以外の働き方についても理解を促していく必要があるだろうと考えています。

今野氏 : 労働力の供給構造が変わっている今、働く人の制約を踏まえた契約の明確化が必要とされています。人材サービスにとっては「強みを作るマッチングビジネス」というのが目指す方向ではないでしょうか。その第一歩として今回の提言がある、そのように理解しています。