約80社150名を超える人材ビジネス関係者や企業経営者が参加
2017年11月、一般社団法人人材サービス産業協議会(JHR)は、人材ビジネス業界の人材育成を目的とし、「人材サービス産業シンポジウムIN福岡」を開催しました。テーマは、「人手不足と働き方改革」。日本では急速な少子高齢化や多様な働き方が進むなか、人材ビジネス業界に携わる人々ができることは何か。――そのための気付きやノウハウを得るために、約80社150名を超える人材ビジネス関係者や企業経営者が参加しました。
このシンポジウムでは、リクルートワークス研究所 所長の大久保幸夫氏による、「人手不足と働き方改革」の全体像や企業事例の基調講演があり、その後、人手不足の中で働き方改革に取り組み、成功している企業事例について紹介。最後に、登壇者によるパネルディスカッションが行われました。
なお、シンポジウム開催に先立って、JHR理事長である水田正道氏が挨拶。「AIなどテクノロジーの進化によって、社会に大きな変化が起きていく。人材ビジネス業界に身を置く私たちはその変化に向き合い、お客様や社会にとって必要となる存在でいるために、発展をし続けていかなければならない」と語りました。
基調講演:「人手不足と働き方改革」/リクルートワークス研究所 所長 大久保幸夫氏
●長時間労働を是正するための4つの施策
「求人倍率は第一次オイルショック時代の数値に迫っている。44年ぶりの求人難で、人手不足は異常なものになっている」と話すのは、リクルートワークス研究所 所長の大久保氏。「2020年の東京オリンピック開催までこの求人難は緩まない。さらに、2020年以降は急速に若年層の人口が減っていく。構造的な求人難に陥っている」と指摘しました。
さらに、「新規出店や事業拡大に伴うポジティブな採用も増えているが、新卒でも中途でも人材獲得は難しい。そうすると結局、既存の社員が残業をしてカバーする。それが原因で退職者が出る。しかし、採用ができない。このような負の循環ができてしまう。そのためには働き方改革を推進し、課題に手を打たないといけない」。
そのために「採用力強化型の働き方改革」を進めていくべきだと大久保氏は語ります。ある調査によると、月平均60時間以上残業している人は、全体の7.5%に達しているとのこと。この数値をゼロにし、長時間労働を是正していくためには以下の4つの施策を本気で取り入れるべきだと説明しました。
■効率よく働いて早く帰ることを推奨し、マネジメントのあり方や評価ルールを見直す
■会議を短くする、減らす、参加者を絞る、資料を簡潔にするなどの工夫をする
■テレワークや直行・直帰制などによって、移動時間を削減するとともに、集中できる時間を作る
■短時間勤務制度を選択できるように人事制度を改定する
●「タスクの組み替え」は、働き方改革の有効な手段
「人手不足や働き方改革で成功している企業の多くは、“タスクの組み替え”を行っています。一人の人間が手がけているタスクを分解し、切り出していきます。それをITテクノロジーを用いて無人化したり、アウトソースしたり、タスクそのものをなくす、といった形でタスクを減らしていくのです。一方で、実は“タスクを増やす”ということも効果的です。タスクを増やす分、休日を多くすることで逆に生産性が上がるという事例もあります。また、マルチタスク化してチームでフォローできるようにすることも効果があります。――このようにタスクを分解して、組み替えることは、働き方改革を成功させるうえで有効な手段と言えるでしょう」と、大久保氏は語ります。
さらに、働き方改革に成功した企業の事例として、鶴巻温泉(神奈川)の「元湯・陣屋」を取り上げた大久保氏。倒産寸前だった「元湯・陣屋」は2008年の社長交代に伴い、多くの改革に着手。その一つが思い切ったマルチタスク化。そして徹底的なIT化を推進。同時にパート社員の数を100名から20名に削減。その一方で、集客しにくい月曜・火曜・水曜の3日間を休館日に設定し、社員研修を充実させました。これらの取り組みが奏功し、客単価は大幅に向上、社員の収入もアップしたと言います。
●働き方改革に挑戦する企業を、全力で応援する
最後に、人材ビジネス業界で働く人々に対して次のメッセージを送りました。「この求人難は、簡単には終わりません。私たち人材ビジネスに関わる者は、働き方改革に挑戦する企業を全力で応援することが使命だと思います。」
大久保氏による基調講演終了後は、人手不足・働き方改革に取り組み、成功している企業3社の代表者が登壇。成功に導いた経緯やノウハウが語られました。以下に紹介していきます。
事例紹介①:株式会社クックチャムプラスシー 代表取締役社長 竹下啓介
最初に登壇したのは、クックチャムプラスシーの代表・竹下氏。同社は福岡に本社を構え、おかずの店「クック・チャム」を全国36店舗展開しています。2011年に創業し、わずか数年で売上は20億円を超え、従業員は470名(パートナー含む)の企業に成長させています。
元々人材ビジネス業界出身の竹下氏は、創業当時、数字を重視したトップダウン経営を取り入れました。「数字が未達だと、社員を詰めることもありました。すると、社員のモチベーションは一気に下がり、次々と辞めてしまったのです。その反省をふまえ、社員との対話を重視するようになりました。トップダウンからボトムアップ型の経営スタイルに大きく舵を切ったのです」と話す竹下氏は2つの大きな改革に乗り出します。
「一つ目が、パートナー(従業員)の多くを占める主婦のみなさんが働きやすいように、一店舗当たりの人員を増やし、有給取得を推進。二つ目は、社内に向けてビジョンを作り、社員の研修体制を構築するなど“会社の見せ方”を改革。こうした取り組みによって、離職率が改善し、一店舗あたりの売上もアップしました」。
しかし、しばらくすると、“長く働けるイメージがわかない”と離職者が増加。「本気で改革に取りくまないといけないと考え、障がい者の仕事力を活用しながら、業務工数を削減。さらに人事制度も改変し、4時間からの時短正社員制度を導入。契約社員を廃止して全員正社員化し、病児保育支援制度や長期休暇制度も導入しました。ですが、これだけの改革に取り組みながらも、残業や休日出勤はゼロにはなっていません。そこで、2017年夏からは3か年計画で働き方に関する社員の意識改革に取り組んでいます。KPIを売上高から労働生産性にシフトし、自動レジやAI導入などITテクノロジーの活用も進めていきます」。
事例紹介②:株式会社関家具 代表取締役社長 関文彦氏
次に登壇したのは、関家具の代表・関氏。関家具は、福岡県大川市にある家具の総合商社。全国のインテリアショップや家具店への卸売事業を中心としながらも、自社ブランを開発してリテール事業も展開。2018年春には創業50年を迎える福岡の老舗企業です。
「“楽しくなければ仕事じゃない”――それが当社のポリシーです。やりたいことを任す、失敗しても文句は言わない。責任はすべて社長がとるから、思いっきりやってくださいと社員に話しています。実際に、成田空港にいる社員から突然電話があって“今からスペインに営業に行ってきます”と報告を受けたこともあります。こうしたことが当社ではよくあります。つまり、社員の自主性・主体性を信頼しているのです。その社員は、スペインでちゃんと注文を取ってきましたし、とても良い木目の材料を仕入れてきました。さらに、東京の新宿や青山に路面店を出したのも、社員が主導しました」と関氏は話します。
社員が安心して挑戦できる企業文化を貫いたことで、「海外からの新しいブランドや海外との事業」、「お客様に合わせた小売事業の変化」、「一枚板など新しい事業の展開」、「ガールズプロジェクト(nora.)」といった事業・取り組みが次々と実現していった関家具。
さらに、楽しく働く社員が一番のリクルーターになるという効果も生まれており、優秀な人材の獲得も成功。人手不足や働き方改革を成功させる秘訣として関氏は、「まずはアウターブランディングよりも、インナーブランディングが重要だ」と語りました。
事例紹介③:内閣府事業プロフェッショナル人材拠点長崎県 統括マネージャー 渋谷厚氏
事例の最後に登壇したのは、内閣府プロフェショナル人材拠点長崎県の渋谷氏。「内閣府プロフェショナル人材」とは、地域の中堅・中小企業を「攻めの経営」に転換・推進するためプロ人材を活用するという取り組み。東京出身の渋谷氏は、これまで玩具等の製品開発を手がけると同時に、複数の企業再生案件も手がけた経歴を持っています。「ハウステンボス再生」という地方創生プロジェクトに携わるために、東京から長崎へやってきました。
「プロ人材とは、必要な時に、必要なクオリティで、必要な量だけ、のアイデアを生み出し、求められる成果を、期待以上の速度で期待以上の成果を作ることができます。スポーツに例えるなら、“優勝したいから、優勝請負人を招く“ようなものです。実際に、プロ人材を獲得することで、長崎県のお菓子メーカーが3年で売上を倍に、宮崎県の自動車部品会社も100億円を超える売上を実現したという事例もあります」。
また渋谷氏は、このようにプロ人材獲得によって成果を産みだすために、「経営者が全面的に支持する」・「プロ人材をプロ人材として処遇する」・「信頼して任せる」の3点が必要だと語りました。
パネルディスカッション
シンポジウムの最後には、これまでの登壇者に加えて日本人材紹介事業協会 副会長の藤井太一氏を招き、パネルディスカッションを開催。ディスカッションテーマは会場の来場者から寄せられました。いくつか抜粋して紹介していきます。
●高齢者活用の現状や秘訣を教えてください。
クックチャムプラスシー・竹下氏 : 実感として、80歳くらいまでの方は、若い人よりも力強く働いてくれますね。まだこれといったマニュアルはありませんが、高齢者の方たちの力を信じることが必要だと思います。
関家具・関氏 : 当社は60歳が定年。しかし、希望者は全員再雇用しています。80代でも、現役で働いている方もいます。小売部門で常にベスト3以上の成績を残しているのは、69歳の方です。
リクルートワークス研究所・大久保氏 : 定年直後の60~65歳のシニア層の活用は、日本にとって大きな課題となっています。
●「地方創生」を実現するために必要だと思うことを教えてください。
日本人材紹介事業協会・藤井氏 : 震災の影響で人口が1万人減ったと言われている熊本県。その県下で、3年間誰も辞めず、働きやすさが上場企業並みの企業があります。その企業の取締役は、もともと清掃業務を担当していた女性。このように熊本で、働き方改革に取り組む企業があるのです。そういった成功事例を共有化していくことが必要だと思います。
内閣府プロフェショナル人材・渋谷氏 : 現在、長崎県の人口はおよそ130万人。それが、2040年には100万人になると言われています。東京以外にも、もっとにぎやかな都市があってもいい。日本全体で、にぎやかさを取り戻していくことが地方創生だと思います。
人材サービス産業協議会(JHR)では、このようなシンポジウムを通じて、人手不足の実態と働き方改革の取り組み・成功事例を知り、人材ビジネス業界に携わる一人ひとりが、求人企業・求職者に何ができるのか、一人でも多く就業していただくにはどうしたらよいのか、を考え行動していくことが大切だと考えています。